カストリ時代/林忠彦
敗戦直後の混沌とした世界の中での庶民の楽しみであるアルコールは値段も高くなかなか口に入らなかったそうです。
そこで、メチルアルコールなど怪しい素材を焼酎に混ぜた、いわゆる密造酒が出回り、生命を失う人が何人も出たとのことです。カストリ焼酎は、3合飲むと酔いつぶれるとのことです。

この写真集は戦争直後の外地からの引き上げの兵士の姿から始まります。復員兵が日本に戻ってきての安堵の顔。上野駅で疲れてゴザの上に眠る大陸からの引き上げ家族。くたびれた様子の中にも戦争が終結したという明るい表情があります。
それに対して、皇居前広場を散歩する進駐軍やその家族。現代の服装と大して変わらないその裕福な姿。

戦時中、中国で報道カメラマンとして活躍し、昭和21年にご自身が引き上げてきて、日本写真家協会の母体をつくり、二科会写真部の創立会員となりました。

1990年に72才で亡くなられたのですが、氏を有名にしたのはなんといっても太宰治の写真でしょう。

 「おい、俺も撮れよ。織田作(織田作之助)ばっかり撮ってないで、俺も撮れよ」 銀座のバー「ルパン」での太宰治との出会いをこう書いてます。

当時、新進気鋭の作家であった太宰治に偶然会った林さんは、しめたと思って、かろうじて1個だけ残っていたフラッシュバルブを使って、便所のドアをあけ、便器の上に寝そべるようにして兵隊靴であぐらをかいた太宰を撮影した、と書かれています。

この一年半後に太宰治が入水自殺を図ったため、この写真は貴重な一枚となって注文が相次いで、林さんの一番多く印刷された作品になったと述懐されています。

戦争直後のごった煮の世界、エネルギーにあふれたデカダンの世界を見事にとらえられています。