生と死の境界線/松岡正剛
岩井先生は、上智大の経済学部、早稲田大の美学を専攻され、森田療法のメッカ、東京慈恵医大の精神科医となり、のちに聖マリアンナ医大の教授に就任されました。

その人柄はとてもやさしく、あるときは、きびしかったといわれています。岩井先生の名著、「森田療法」(講談社現代新書)はガン末期の病床での口述筆記によるものでした。

雑誌編集などをしておられる松岡氏は、前書きに、こう記しています。

「私は本書をどこから始めるべきなのか、ずいぶん迷いつづけた。また、どのように一冊の本にすべきなのかを、もっと迷いつづけた。どのように迷い、そしてどのようにささやかな決断をしたかについては、おいおい本書の中であきらかになるとおもう。それでもなお、この冒頭で、自分がまだ何も納得していなかったのだと言うことを告白せざるをえない。」

1986年5月23日に先生は亡くなるのですが、その年の2月から死ぬ直前まで語り続けた話の記録をもとに構成されています。

それは、精神科医である岩井先生が死を目前にしてご自分の意識を赤裸々に暴露していて、時にはしっかりした口調で、また、モルヒネ投与の意識朦朧の中での幻聴・幻覚も出てくる・・・すさまじいまでに、よりよい生を生きようとした、その生きざまです・・・。最後まで人間として意味を求めながら生きたい・・それは、まさに、「森田」の生きざまでした。

私があえて「先生」と言わせていただく岩井氏は、生前にもっとも、お会いしたい方のひとりでした。

著書の中で「・・・現在の筆者は”私憤”と”公憤”を区別し、私憤は怒らない方がよいが、公憤は大いに怒らなければいけないのだと思っている。・・」と書かれています。

岩井先生の著書は、私のもっとも大切な参考書になっています。