太い枝葉を伸ばして天を摩する巨木となり、数百年を保つオークは、まさに『木の王者』の名にふさわしい。
古代ギリシャでは、最初に創造された木はこのオークとされ、ローマの詩人ウェルギリウス(英Virgil)によれば、
人はこの木から生まれたという。

 黄金時代の人はこの木の木陰を住みかとし、この木から滴らせる蜜をなめ、そのドングリを糧として平和、安楽に暮らしていました。

 銀の時代はその木陰の平和な共同体を離れ、その大枝で小屋を建てて独立した。青銅時代にはその材を武器の柄に用い、
黒鉄の末世ともなると、オークを山から切り出して軍艦を作り、かっては人に祝福を与えたこの木を殺傷、流血の具に悪用した。

 樹木信仰の代表例として、古来、諸民族がオークほど崇拝した木はほかになく、この木は、ヘブライの全能神エホバ、
ギリシャ神話のゼウスやヘラクレス、スラブ神話のペルン、チュウトン族の主神トール、ゲール族の始祖ダグラなどの神木とされた。
神事とのゆかりも深く、ゼウスの神殿ではオークの葉ずれの音で神託を説明したし、古代チュートン族やケルト族はオークの木陰で
神テュエットを礼拝し、まつりごとを議した。

 ケルト族のドイルド僧もまた、オークの木陰で神事や裁きを行い、ヤドリギの絡まるオークの枝はその神事には欠かせなかった。
ゲルマン伝承ではオークには妖精がすみついているといい、幹のうろに触って病気を治す各種まじないがあった。
イギリスでもこの木を切るときは、これに住みついている妖精のうめき声や悲鳴が聞こえるという。

 オークはローマの雷神ジュピターの神木でもあって、俗にこの木には落雷しないという。
ひもで開閉する窓のブラインドの、そのひもの先につける丸い球は、本来はドングリを模したものである。

 オーク材は材質が堅牢、強靭なために、一八世紀末ごろまでの木造造船時代には欠かせぬ造船材とされ、
ヨーロッパ各国では国の守りとして競ってその造林に奔走した。

 イギリス人は土産のオークを世界一強靭なオークとして誇り、しばしばこれを愛国歌に歌い、
自国民の剛毅の精神とも結びつけたと加藤憲一氏の記述を思い出し、私はオークの森の中でワイングラスを左手で持ちかなり酔っていた。